
悲しみはじょじょに訪れる
亡くなった家族への想い、というのは特別なものがあります。
死別した直後というのは、呆然としていてあまり実感がないままにお葬式を終えてしまうことも珍しいことではありません。お葬式の間は緊張していて、例えば火葬が終わった時には一時的に明るい雰囲気にもなったりするのですが、自宅に戻り数日経つと、深い疲労感に覆われるように感じたり、気分が落ち込んだりすることがあります。食欲もなくなり、中には不眠で苦しまれる人もいます。
死別の悲嘆は病気ではない
今まで一緒に生活していた家族が亡くなったということに実感がわかず、「そろそろご飯にしなくては」と考えて、「あー、あの人はいないんだ」と喪失感を深くすることもあります。また、亡くなった人に向かって「何で死んだのよ」と怒りを覚えたり、ちょっとしたことで、きょうだい関係が気まずくなることもあります。
こうしたことは近親者や親しい友人と死別したときにはよく起こる感情で、自然なことです。これをグリーフ(死別の悲嘆)と言います。
家族の死、身近な人の死というのは、それだけ目には見えないダメージを心に与えます。生前に亡くなった人と感情的に深い関係をもっていた場合にはもちろん、いがみ合っていたり、憎しみ関係にあった場合でも起こるのです。
死別の悲嘆に陥っている人への対処
グリーフの感情に陥っている遺族に対して、よく「そんなにいつまでもメソメソしないで早く元気になって」とか「亡くなった人のことは忘れて、前向きに生きてね」「元気だしてね」と善意でもってアドバイスする人がいますが、これは逆効果になることが多いです。そう言われた人は「この人は私の気持ちをわかってくれていないんだ」と感じ、心を閉ざし、中には閉じ篭ってしまう人もいます。
死者を忘れることがいいのではない
そういう悲しみの中にある人にとって、日本では仏壇が大きな働きをしてきたことが最近の研究で明らかになってきました。仏壇の前に座ることによって死者に対して直接話しかけることができたのです。自分の悲しみを隠さず、たまには恨み言さえ言って語りかけることができたからです。
死者に対して供養することは、同時に遺された人に対しても大きな働きをしてきたのです。グリーフは克服するものではありません。言うならば、悲しむだけ悲しむことが大切なのです。死者は忘れるのがいいのではなく、思い出という形で、大切な人として心に位置づけることが大切なのです。
仏壇の機能の再発見
仏壇にも最近はいろいろなものがあります。居間に置けるような家具調もありますし、狭い空間に置ける小型なものもあります。中には死者のお骨の一片を持ち歩けるような手元供養もあります。生前のお気に入りの写真をパネルにして飾ることもあります。どれを選ぶかはそれぞれの判断です。
大切なことは、故人を忘れるのではなく、大切に想うこと、素直に自分の気持ちを表現することです。
四十九日や百か日、一周忌、三回忌、七回忌...と弔っていくことにより、いつの日か悲しみの感情が穏やかになり、死者と暮らした日々を大切な思い出と感じることができるようになるでしょう。
大切な共感
周囲の人も遺族の気持ちに寄り添い、その悲しみを理解し、共感してあげたいものです。他人の悲しみを癒そう、慰めよう、としても他人のできることはしれています。その人が望むなら(無理強いではなく)、まず話を聴くことです。しっかりと聴くことです。相手の話すことにあいづちをうちしっかり聴いていることを示すことです。アドバイスは不要です。その人の悲しみはその人自身が向き合うこと意外に他人にはできないからです。でも共感はできます。口先だけの共感はかえって反発を招くので気をつけましょう。
不眠には注意
遺族の中には不眠症に陥ることがあります。眠れないという現象です。こういう場合には内科(心療内科がいいでしょう)に診察してもらい導眠剤を処方してもらいましょう。
気分のいい時は散歩をするなど外にでることもいいことです。
碑文谷 創(葬送ジャーナリスト)
1946年岩手県生まれ。雑誌『SOGI』編集長を務めるかたわら、死や葬送関係に関する評論ならびに講演活動をテレビ・新聞・雑誌等で展開。
著書は『「お葬式」はなぜするの?』(講談社+α文庫)『Q&Aでわかる葬儀・お墓で困らない本』(大法輪閣)『新・お葬式の作法~遺族になるということ~』(平凡社新書)『死に方を忘れた日本人』(大東出版社)『葬儀概論』(表現文化社)ほか。
監修『お葬式』『自分らしい葬儀』『冠婚葬祭暮らしの便利事典』(小学館)ほか。
ホームページ : http://www.sogi.co.jp