早わかり 葬式の実際

早わかり 葬式の実際

人が死んで葬式が行われる

葬式を私はかつてこう定義しました。
「葬式とは人の死を受け止める作業である」(『「お葬式」はなぜするの?』講談社+α文庫)
家族が死ぬ、親しい友人が死んで葬式は営まれます。だから葬式は平静な状態で行われるものではありません。混乱、錯乱、深い喪失感と悲嘆の中で葬式は執り行われます。そこで平静で客観的でいられる人は死者とあまり親しくない第三者だけなのです。

病院での最期

いまほとんどの人が最期を病院で迎えます。医師が死亡を判定すると看護師が点滴の器具等を取り外します。看護師が湯呑み茶碗に水を入れ、綿棒を用意すると、最期を看取った家族が一人ずつ水を浸らせた綿棒で死者の唇を潤します。これを末期の水 (まつごのみず)あるいは死水 (しにみず)といいます。

家族の別れが済むと、看護師等の手で死後の処置が施されます。全身を清拭 (せいしき)し、胃の内容物を取り出し、身体の穴という穴は脱脂綿で保護し、傷口等は包帯で覆われます。爪を切り、男性の場合は髭を剃り、女性の場合には薄く化粧をし、髪を梳かし、新しい浴衣に着替えさせます。

遺体の搬送と安置

遺体は病室からストレッチャーで霊安室に移され、待機します。24時間営業している葬儀社を手配し、寝台車で遺体を自宅等に搬送します。  
葬儀社を決めていない場合には、とりあえず病院出入りの葬儀社に自宅への搬送だけを依頼します。病理解剖する場合にはそれが済むまで病院に待機することになります。
 
移送する前に決めておいたほうがいいのは宗教です。遺体の安置の仕方が宗教によって異なるからです。
自宅に遺体を安置した後は遺族の時間です。遺体を囲んでお別れします。

葬式の方針、葬儀社との打ち合わせ

遺族には大きな仕事が待っています。それはどのような葬式を行うかを決めることです。故人の意思はどうか、遺族それぞれの考えはどうか、話し合って方針を決めます。  
親しい宗教者がいれば連絡して意向をたずねます。  

葬儀社を呼ぶ前には葬式の大まかな方針、宗教、予算を決めておきます。どれを遺影写真として使うかも決めます。葬儀社との打ち合わせを行い、日程、規模、場所、コンセプト、費用を決めます。事前に準備しておかないと、当事者は混乱の中にありますから、思わぬ方向に話が進むこともあります。

葬式の日程

葬儀の日程、場所が決まれば、親戚や関係者への連絡をします。葬儀社が訃報 (ふほう)の様式を用意しているので、これに書き込み、ファックスやメールで連絡します。  
葬儀の日程は家族が遠隔地にいるか、火葬場の休業日にあたらないか、宗教者の都合によって決まります。  
死亡当日は家族だけで遺体を守り、翌日に納棺(場合によっては通夜も)、3日目(2日目)に通夜、4日目(3日目)に葬儀、火葬となるのが一般的です。  
東北地方等では葬儀に先立って火葬をする地域があります。  
納棺する際には、仏教では仏衣 (ぶつい)に着替えさせますが、最近では本人らしい衣装も好まれる傾向にあります。

お通夜は遺族が遺体と最後のお別れのとき

近年は通夜への会葬者数が葬儀への会葬者数を上回る傾向にあります。そんなこともあり、遺族は通夜から喪服を着用します。
会葬者が多く、遺族はその応対にしばしば追われがちですが、故人と別れる最後の晩ですから、まずお別れに気持ちを集中するべきでしょうし、そうしてかまいません。葬式の不義理はお互い様です。

葬儀(式)、出棺

葬儀イメージ最近の葬儀は大体1時間程度で終わります。遺族席は祭壇に向かって右側前方。 葬儀は、故人をあの世へ送る大切な儀式です。通夜でもそうですが遺族は会葬者に先立って焼香(献花)をします。
全ての会葬者の焼香(献花)が終わると、柩が前に出され、蓋を外して最後のお別れをします。花を遺体に添えます。このお別れの儀は近親者だけで行う場合と参列者にも呼びかけて行う場合とがあり、これは遺族の意向によります。
 
出棺を前にして遺族代表が挨拶。霊柩車、マイクロバスを連ねて火葬場に向かいます。この時、喪主は霊柩車の助手席に位牌をもって乗るのが一般的です。

火葬と法要

火葬場では火葬に先立ちお別れし、火葬される間、控室やロビーで待機します。火葬が終了すると骨上げ(拾骨)。関東では全骨、関西では一部の骨を拾います。骨壷の大きさは異なり、小さなもの、3分の1程度入れる中くらいのもの、全部の焼骨(火葬された骨)を入れる大きなもの、と大きく3種類あります。

葬儀直後の法要

葬儀イメージ火葬が終わると用意された会場に移動し、法要を行い、親族、関係者で宴席をもちます。お世話になったお礼ということで、遺族は末席に座り、喪主がお礼の挨拶をして始めますが、皆が精神的に疲労していることもあり、1時間程度で切り上げます。遺族は自宅に戻り、遺骨を葬儀社が設えた後飾り壇に安置します。

全てを終えると、虚脱感、寂しさ、精神的疲労で口もききたくなるほどです。そして本当の悲しさ、心の傷みはこれから始まるのです。

<引用元> 表現文化社  碑文谷 創 http://www.sogi.co.jp/